えんとつ町のプペル 栃木県 北部方言版

001 「信じるしかなかんべ。ばってしとりさなってもよ」
002 4000メートルの崖にかこまれ、そとの世界を知んない町がありました。
003 はえんとつばーし。
004 あっちゃこっちゃから煙があがり、あたまのうえはモックモク。
005 朝まっから晩げまでモックモク。
006 えんとつの町に住むしとは、くろい煙にとじこめられて、
007 あおい空なんか知んね。
008 かがやく星なんか知んね。
009 町さいま、ハロウィンまつりのまっただなか。
010 魔よけの煙も足ささって、いつもいじょうにモックモク。
011 あるとき、
012 夜空をかげる配達屋さんが、煙さすってのざえっちって、
013 配達中の心臓を、うかっとおどしちったんだって。
014 まぁさか視界はこのわるさ、どごさ落ちたかわがんね。
015 配達屋さんはとっととあぎらめ、夜のむこうさスタコラサッサ。
016 ドクドクドクドクドックドク。
017 えんとつの町のすみっこで、あの心臓が鳴っています。
018 心臓は、町のはずれのゴミ山におっこっちった。
019 ドクドクふれる心臓に、ゴミがあれこれひっついて、ついになっしたゴミ人間。
020 あたまはバサバサ、オンボロ傘。口からガスさ、プスーハッハ。
021 まぁずあっべなゴミ人間。まぁずくせえゴミ人間。
022 耳さすますと、とおぐから鐘の音が聞けてきました。
023 どうやら、じぶんのほかにもだれかいるようです。
024 ゴミ人間はゴミ山をでました。
025 町さいぐと、バケモノたちがウヨウヨ。
026 「やい、げーにおがしなかっこうをしてんじゃねえけ」
027 うらさ見たっくれ、そこにつっ立っていたのはとーなすのオバケ。
028 「なんだいキミは?」
029 「地獄の業火をのみこんで、ハロウィンの夜をあやしくてらす。
030 オレの名はジャック・オー・ランタン!」
031 いろんなバケモノたちがゴミ人間のところにあつまってきました。
032 「イ~ヒッヒ、みんながおそれる夜の支配者、魔女だよ~」
033 「悪魔の科学者がなっしたモンスター、フランケンさまとはオレのことだ」
034 「死ぬことをわすれた、わたしはゾンビ」
035 みんなそろって、こう聞いてきます。
036 「ところでキミはいったい、なにモノだ?」
037 「ボクはゴミ人間だ」
038 バケモノたちはいっせいに笑いました。
039 バケモノたちにまざったゴミ人間は
040 「トリック・オア・トリート、トリック・オア・トリート。
041 こじゅーはんさよこさねっどわすらすっぞ」と家々をまわり、
042 おとなたちからこじゅーはんをわけてもらいました。
043 そして、じぶんよりちいさなこめらには風船をプレゼントしてまわりました。
044 ゴミ人間がふくらませた風船はぷかぷか浮かんで、こめらは、おおよろこび。
045 「よし、つぎの家だ。いぐべ、ゴミ人間」
046 あちこちまわり、バケモノたちのポケットは、こじゅーはんでいっぱいになりました。
047 時計台の鐘が鳴り、みんな、かえりじたくをはじめます。
048 ゴミ人間はなかまのひとりにはなしかけました。
049 「ハロウィンはたのしいね。まぁたあしたもやっぺ」
050 「こじゃっぺこくでねえ、ゴミ人間。ハロウィンはきょうまでだんべ」
051 つうと、バケモノたちはつぎつぎにマスクをぬぎはじめます。
052 とーなすのなかからは少年のアントニオが、
053 魔女のなかからは少女のレベッカが、それぞれでてきました。
054 いやどーも、みんなはバケモノの仮装をしていたのです。
055 「どうしたんだよ、おまえもぬげよ、ゴミ人間」
056 「ほうだよ、そんなにあっべな仮装、あなたもやだべ?」
057 レベッカがゴミ人間のあたまさしっぱったっけ。
058 「いてててて」
059 「キャアア!」
060 レベッカがいっけえ声をあげました。
061 「コイツ、仮装じゃない!」
062 少年たちはゴミ人間からサッとはだかりました。
063 「あっちさいけバケモノ!」
064 「町からでてけ、ゴミ人間! 海にのされちめ!」
065 少年たちはじんぐり、あっべなことばをあびせました。
066 ゴミ人間のうわさはすぐに町じゅうにひろまりました。
067 「ゴミ人間だ」
068 「バケモノがあらわれた」
069 ゴミ人間がはなしかけても、
070 「あっちさいげ、ゴミ人間」「ニオイがうつる」
071 と、あいてにしてもらえません。
072 ゴミ人間はベンチにぶちかって、プスーハッハとくせえためいきをこぼしました。
073 したっくれ。
074 「キミがうわさのゴミ人間け。ソレ、仮装じゃねんだっぺ?」
075 うらさみたっくれ、体じゅう“スス" だらけの少年がつっ立っていました。
076 少年はゴミ人間のしょうたいを知ってもにげようとはしません。
077 「ぼくは、えんとつそうじ屋のルビッチ。キミは?」
078 「……え、えっと」
079 「なまえがなぐればつければいいべ。ほうだな、
080 ……ハロウィンの日にでっかせたんだから、キミのなまえはハロウィン・プぺルだ」
081 「ハロウィン・プぺル、キミはこんなところでなにやってんだい?」
082 「だれもあそんでくんねんだ」
083 プぺルがほうだっつうと、ルビッチはワハハとわらいました。
084 「そりゃそうだろうね、プぺル。キミはあっべだし、それにまぁずくせえ」
085 「へでなしこの。そういうルビッチだって、まっくろけっけだんべや」
086 「いまは、しごとのかえりだからね、このとおりススまみれ」
087 「えんとつそうじは、おとなのしごとじゃねえんけ?」
088 「おらげには父ちゃんがいないから、ぼくがはたらかなきゃなかんべや。
089 それより、ほーだニオイじゃ、好かなかってもあたりまえ。おらげの庭で体を洗いなよ」
090 「え? いいんけ?」
091 「ぼくも体を洗わないと家にあがれねかんべ。ついでにキミも洗ったらいかんべ」
092 「ルビッチはボクをさけねんじゃねえけ」
093 「なんだかなつかしいニオイがするんだな。ぼくがぶんなげたパンツでもかまさってんじゃねえのけ?」
094 ルビッチはプぺルの体さすみっこまで洗ってくれました。
095 ばっちはきれいにおっこちって、ニオイはまぁずマシになりました。
096 「あんがとな、ルビッチ」
097 「……でも口がくせえな。息さはいてみ」
098 プぺルは息をはきました。
099 「いやどーも、まぁずくせえ。プぺル、それはガスだんべよ。みがいたってムダだんべね」
100 ふたりは、おそくまでもやいにいました。
101 「あなた、きょう、あのゴミ人間とあそんだんけ?」
102 「だいじだよ、母ちゃん。プぺルはあくたれじゃねえよ」
103 「その好奇心は父ちゃんゆずりだなや」
104 町でただひとりの漁師だったルビッチのお父さんは、
105 きょねんの冬に波にのまれ、亡くれてしまいました。
106 めっかったのは、ボロボロにぼっこれた漁船だけ。
107 この町では、海には魔物がいると信じられていて、海にでることを禁止されていたので、
108 町のしとたちは「自業自得だ」といいました。
109 「ねえ、母ちゃんは父ちゃんのどこがいがったの?」
110 「照れ屋でめんこいところもあったぺな。うれしいことがあっと、
111 すぐにこうやってひとさし指で鼻のしたさこすって」
112 つぎの日、プペルとルビッチは、えんとつのうえにのぼりました。
113 「おっかないよ、ルビッチ」
114 「みっちりつかまっていれば、だいじだ。だけど突風がふぐから、おどしものには気をつけな」
115 「なにかおどしものをしたことあんのけ?」
116 「うん。父ちゃんの写真がはいった銀のペンダント。
117 父ちゃんの写真はあれ一枚しかのこっていないのに、みっけてもみっかんなかったんだ」
118 ルビッチはドブ川をさしていいました。
119 「あのドブ川におっこちっちゃったんだ」
120 「ねえ、プぺル、『ホシ』って知ってっけ?」
121 「ホシ?」
122 「この町は煙でおおわれてっぺ? だからぼくらには、めーねーんだけど、
123 あの煙のうえには『ホシ』っつう、光りかがやく石っころが浮かんでるんだ。
124 それも一個や二個じゃないよ。千個、一万個、いまっといまっと」
125 「ほうだべらぼうなはなしあっか。ごじゃっぺこくでねえ?」
126 「……ぼくの父ちゃんが、その『ホシ』をみたんだ。
127 とおくの海にでたっくれ、ある場所で、頭のうえの煙がねぐなって、
128 そこには光りかがやく『ホシ』がごでっちり浮かんでいたんだって。
129 町のしとはだれも信じなくて、父ちゃんはへでなし呼ばわりされたまんま亡くれっちったんだ。
130 でも、父ちゃんは『煙のうえにはホシがある』っつってね、
131 ホシをみる方法さぼくにおしえてくれたんだよ」
132 ルビッチはくろい煙をみあげていいました。
133 「『信じるしかなかんべ。ばってしとりさなってもよ』」
134 つぎの日、まちあわせ場所にきたプぺルは、またくせえニオイをだしていました。
135 つぎの日も、そのまたつぎの日もそうです。
136 「プぺルの体は洗っても洗ってもくせくなんでねえの」
137 ルビッチは、くせえくせえと鼻をつまみながらも、まいにち体を洗ってくれました。
138 ある日のこと。
139 プぺルは、かわりはてた姿であらわれました。
140 「いやどーも、プぺル? いったいなにがあったんだい?」
141 なんと、プぺルのひだり耳にひっついていたゴミがもげています。
142 「ぼくがいると町がばっちくなるんだってよ」
143 「耳は聞けんのけ?」
144 「いいや、ひだり耳からはなにも聞けなくなったな。
145 ひだり耳のゴミがもげるっと、ひだり耳が聞けなくなんだな」
146 「アントニオたちのしわざだな。まぁずえんがみっちったな」
147 「ぼくはバケモノだから、しょーがあんめなぁ」
148 つぎの日、ルビッチはアントニオたちにかこまれてしまいました。
149 「やい、ルビッチ。デニスがかぜでたおれっちったべよ。
150 ゴミ人間からもらったバイキンが原因じゃねえのけ?」
151 「プぺルはちゃんと体を洗っているよ。バイキンなんてない!」
152 「ごじゃっぺこくでねえ! きのうもあのゴミ人間はくせかったぞ。
153 おまえの家は親子そろってへでなしだ」
154 たしかにプぺルの体はいくら洗っても、つぎの日にはくせくなっていました。
155 ルビッチにはかえすことばがありません。
156 「なんでゴミ人間なんかとあそんでんだい。空気さよめよ。おまえもコッチこ」
157 かえりみち、トボトボとあるくルビッチのもとにプぺルがやってきました。
158 「ねえ、ルビッチ。あそびいぐべ」
159 「……またくせくなってんじゃねえけ。ほんだから、ぼくはきょう、学校でしめられちったべや。
160 いくら洗ってもくせくなるキミの体のせいだかんな!」
161 「わりーなぁ、ルビッチ」
162 「はぁキミとは会えね。はぁキミとはあそばね」
163 ほしてから、ふたりが会うことはねぐなりました。
164 プぺルはルビッチと会わなくなってから体を洗うこともねぐなり、
165 よくよくばっちくなって、ハエがたかり、やたらとばっちく、やたらとくせくなっていきました。
166 プぺルの評判はわるくなるいっぽうです。
167 はぁだれもプぺルにちかづこうとはしません。
168 あるしずかな夜。
169 ルビッチのへやの窓がコツコツと鳴りました。
170 窓に目をやっと、そこには、すっかりかわりはてたプぺルの姿がありました。
171 体はドスぐろく、かたっかわの腕もありません。
172 またアントニオたちにやられたのでしょう。
173 ルビッチはあわてて窓をあけました。
174 「いやどーも、プぺル? ぼくたちははぁ……」
175 「……イグべ」
176 「なんだっつってんだい?」
177 「いぐべ、ルビッチ」
178 「ちっとまってよ。どうしたっていうんだい?」 
179 「かせがなきゃ。ぼくの命がとられるまえにいぐべ」
180 「どこさいぐんだい」
181 「かせがなきゃ、かせがなきゃ」
182 たどりついたのは、しともよりつかない砂浜。
183 「いぐべ、ルビッチ。さあ乗ってつけて」
184 「へでなしこの。この船はぼっこれてっからすすまなかんべ」
185 おかまいなしにプぺルはポケットから大量の風船をとりだし、
186 ふうふうふう、と息をふきこみ、風船をふくらませます。
187 ふうふうふう、ふうふうふう。
188 「おいプぺル、なにしてんだい?」
189 ふうふうふう、ふうふうふう。
190 「かせがなきゃ。かせがなきゃ。ぼくの命がとられるまえに」
191 プぺルはふくらませた風船を、ひとつずつ船にむすびつけていきました。
192 船には数百個の風船がとりつけられました。
193 「いぐべ、ルビッチ」
194 「どこさ?」
195 「煙のうえ」
196 プぺルは船をとめていたロープをほどいていいました。
197 「ホシをみにいぐべ」
198 風船をつけた船は、ゆっくりと浮かんでいきます。
199 「ちっとだいじなんけ、コレ !?」
200 こんな高さから町をみおろすのは、はじめてです。
201 町の夜景はとてもきれいでした。
202 「さあ、息をとめて。そろそろ煙のなかにはいっかんね」
203  ゴオゴオゴオゴオ。
204 煙のなかは、なにもめえません。ただただまっくらです。
205 ゴオゴオという風の音にまじって、プぺルのこえが聞こえます。
206 「みっちりつかまんなよ、ルビッチ」
207 うえにいけばいくほど、風はどんどんつよくなっていきました。
208 「ルビッチ、うえをみてみ。煙をつんぬけっと! 目を閉じちゃだめだかんな」
209 ゴオゴオゴオオオオ。
210 「……父ちゃんはへでなしじゃねがった」
211 そこは、かぞえきれないほどの光でうめつくされていました。
212 しばらくながめ、そして、プぺルがいいました。
213 「かえりはね、風船を船からもげばいいんだけれど、いっぺんにもいじゃダメだよ。
214 いっぺんにもいじゃあと急に落っこちっちゃあから、ひとつずつ、ひとつずつ……」
215 「へでなしこの、プぺル。いっしょにかえんだんべ?」
216 「キミといっしょにいられるのは、ここまでだな。
217 ボクはキミといっしょに『ホシ』をみることができてほんとうにいがったな」
218 「へでなしこの。いっしょにかえっぺよ」
219 「あんね、ルビッチ。キミがぼーろくしたペンダントを、ずっとめっけてたんだ。
220 あのドブ川のゴミはゴミ処理場にのされてくっからさ、
221 きっと、そこにあるとおもってよ」
222 「ぼく、ゴミ山でなっしたゴミ人間だから、ゴミをあさっことには、なれっこなんだわ。
223 あの日から、まいにちゴミのなかをめっけてたんだけど、ぜんぜんめっかんなくて……。
224 十日もあれば、めっかるとおもったんだけどな……」
225 「プぺル、ほうだからキミの体は……ぼく、あんだけヒドイことしたっつうのに」
226 「かまめや。キミがはじめてボクにはなしかけてくれたんべや、
227 ボクはなにがあってもキミの味方でいっぺと決めたんだ」
228 ルビッチの目から涙がむぐれました。
229 「それに、けっきょく、ゴミ処理場にはペンダントはなかった。
230 ボクはでれすけだったよ。
231 キミが『なつかしいニオイがする』っつったときに気づくべきだったわ」
232 プぺルは頭のオンボロ傘をひらきました。
233 「ずっと、ここにあったんだわ」
234 傘のなかに、銀色のペンダントがぶらさがっていました。
235 「キミがめっけてたペンダントはココにあった。ボクの脳ミソなんだわ。
236 なつかしいニオイのしょうたいはコレだったんだな。
237 ボクのひだり耳にひっついていたゴミがねぐなったとき、ひだり耳が聞けなくなったんべ。
238 おんなじように、このペンダントがねぐなったら、ボクはいごかなくなるべな。
239 ほだけど、このペンダントはキミのものだ。キミとすごした時間、
240 ボクはほんとうにしあわせだったわ。あんがとなルビッチ、バイバイ……」
241 つって、プぺルがペンダントをひっちぎろうとしたときです。
242 「ダメだんべや!」
243 ルビッチがプぺルの手をつよくつかみました。
244 「なにすんだい、ルビッチ。このペンダントはキミのものだ。
245 それに、このままボクが持っていても、そのうちアントニオたちにちぎられて、
246 こんどこそほんとうにねぐなっちゃあべ。
247 したっくれキミは父さんの写真をめーなくなっちゃあべ」
248 「いっしょにうっぱしればいかんべや」
249 「ごじゃっぺこくでねえ。ボクといっしょにいるところをめっかったら、
250 こんどはルビッチがぶっくらされっかもしんねべや」
251 「かまめや。痛みはふたりでわけっこすればいかんべ。せっかくふたりいんだからよ」
252 「まいにちああべよプぺル。そうすれば父ちゃんの写真もまいにちみれっぺや。
253 だからまいにちああべ。また、まいにちいっしょにあそんべ」
254 ゴミ人間の目から涙がボロボロとむぐれました。
255 ルビッチとまいにちあそぶ……、それはなんだか、とおい昔から願っていたような、
256 そんなふしぎなきもちになりました。
257 「プぺル、ホシはとてもきれいだね。つれてきてくれてあんがとな。
258 ぼくはキミと出会えてほんとうにいがったよ」
259 プぺルは照れくさくなり、
260 「やめろやルビッチ。つらっぱじいべや」
261 つって、ひとさし指で鼻のしたをこすったのでした。
262 「……ごめん、プぺル。ぼくも気づくのがおそかったよ。ほうか、……ほっか。
263 ハロウィンは亡くれたしとの魂がかえってくる日だったんだなや」
264 「なんなんだい? ルビッチ」
265 「ハロウィン・プぺル、キミのしょうたいがわかったわ」
266 「会いにきてくれたんだな、父ちゃん」